さあ!

 

今日も勝ち目のない勝負だ

しかし負ける気もしない



少年アリス
     〜アオジアオヤミアオアラシ編〜




教師が教卓に手をついて話していた
終業式を行うので講堂へ行かなければならないらしい

「アリス帰ろう」

今日も静かに目の前の深緑色の宇宙と人知れず戦っていた
表立って何を守っている訳ではないから誰も気付かない
故に人知れずなのだ

「アリス!」

「五月蝿いよ君」
友の声が耳に響く
「五月蝿いじゃないよ君!」
友は僕と敵の間に立ちはだかった

「わかった」
そう言って立ち上がる
友に追い立てられ教室の外へ
その瞬間深緑色の宇宙に人知れず

「今日も勝負はオアズケにしておいてやる」

と告げて廊下へ足を踏み入れた


「明日から夏休みだ!これで心置きなくファンタジィを捜し求められる!」
明日から長期の休みに入るのが嬉しいのか友は興奮状態にある
「毎年あるじゃないか」
そう言ったところで友の精神状態は落ち着きそうにない
「アリス見たまえ!」
友が指を刺す方へ視線を向けると
「色素の橋だ!」
そう
朝虹が出ていた
「知っているかい、君」
僕がそう尋ねると
「朝虹は大雨の前兆らしいじゃないか、君」
そう友が答えた
「それでは雨が降るのだね」
僕がそう言うと
「ふむ、では明日から長い休みだ

君のお宅にお世話になるとしようか」

友はそう言った



さあさあ
 ざあざあ
縁側の床はひんやりと冷えていた
「夏なのになあ」
夏の冷たい雨に葉を揺らす名も知らぬ花の葉に雨が降る
「氷が降っているようだ」
友が隣で静かに言った
昨日の彼が嘘のようである
「あれ?何やら音がしないかい」
友がふと周りを見渡した
つられて周りに気を配ってみた
「ああ、あそこだ」
友が指を刺す先には一羽の小さな小鳥が落ちている
「こんな雨の中であんな所にいてはあの子は死んでしまうかもしれないね」
そう言うと友はゆっくりと
しかしよどみなくその小鳥の落ちている場所まで足を進めた
「これ中に入れても良い?」
そうして軒先に帰ってきた友の手の中には先程の小鳥が入っている

「生きている?」
「ああ、うん」



朝目が覚めると雨水の落下は止まっていた
空の水溜りは減量に成功したらしい
それとも重力に負けないくらいの筋力を手に入れたのだろうか

友が拾った小鳥は家の中を歩き回る程には回復していた
見上げれば空は昨日の空の面影を残さず
水とは違う青の色だった


「アリス、何か音がしないかい」
あの日のように友が言った
「そう言われてみればそうかもしれない」
青簾を引き上げて空を見上げれば
水の気配のない空に遠雷が響いていた
「徐々に近付いている」
独り言のようにそう呟けば
「そのようだ」
友が隣で独り言のように呟いた
「知っているかい、君」
続いて友がそう呟いた
「晴天に起きる雷は」
「火神鳴」
友の呟きを遮って
「日照りの前兆と言われている雷だろう?」
先回りをしてそう言ってやった
「なんだい知っていたのか」
友は少し悔しそうにそう言った

雨を連れない雷は燃えるように暑い
真夏の象徴のような昼間を連れてくる
風はまるで死んだようにぴくりとも動かず
ただ耐えられない程の暑さに我々と同じく動く気すらないようだった

「しかしこいつは変わった色だ」
友は小さな小鳥を突付きながら楽しそうにそう言った
コレは彼がファンタジィに通じそうなものを見付けたときの様子に良く似ている

友に突付かれるのに嫌気が差したのか小鳥は小さく一つ鳴いて
青簾の隙間から外へ出て行った
「いかん!アリス!!我々の小鳥が暑さで頭がやられてしまうぞ」
友は本気で慌てたように立ち上がり簾を押し開けて外へ飛び出して行く
「頭がやられているのはむしろ君だ」
と言ってやりたかったが
とりあえず今は一匹と一人を追うことを優先させようと決めて自らも外へ出た


友は小鳥を追って必死になって走っている
そりゃあ僕だって一匹と一人に遅れまいと走っている

「何処へ行くのだろうか」
そう尋ねれば
「こいつの気分次第さ!」
友は心底楽しそうにそう答えて足を運ぶ速度を上げた


さわさわ
ざわざわ
必死になって
必死に小鳥を追い駆けて見失うまいと走って
着いた所は少々薄暗い竹の林だった
「青葉闇だ」
不規則だった呼吸が正しく整い
周りを観察する余裕が出てきた僕はそうそう言った
「まるで青葉闇が我々を誘い込んだかのようではないか!アリス」
友が青葉闇という言葉を知っていたのかどうかは知る所ではないが
「本当に誘い出されたようだ」
本当にそう思った
「小鳥は何処だね」
「何処だろう」
二人して周りを見渡すが目に付く所にあの小さな蒼は見えない
「これだけ青葉が茂ってしまっていては見付かるものも見付からない!」
友は観念したように大きな声でそう叫び
昨日の雨で少しだけ散った青葉の絨毯の上に寝そべった
友の隣に腰を下ろし
空を見上げてみれば青葉に切り取られた空間にぽっかりと青い青い空が我々を見下ろしていた


ざわざわ
一際
青葉が大きく鳴いた
青嵐が起きた

さっきまで死んだと思っていた風が涼しくも我々の頬を撫でた

「うわあ」
突然の友の声に少し驚き彼を見れば
「うえ」
友は静かに上空に向けて視線を向け僕を促した
友に促された通りに視線を上に向けようとした
瞬間
頬に冷たい感触を感じた
「うわあ」

見上げれば水
降り注げば雨

透き通った水滴は二人に降り注ぐ

さあ

昨日の雨の水滴が残っていたのだろう

さあ

風が回る度に降り落ちる

さあ

見上げた先に水
見下ろした手に雨


頭上に落ちた
最後の一滴

薄暗がりを作り上げた青葉のねたも尽きたようだ



「まるでにわか雨だ、夕立だ」




「白雨だ!」

ア オ ジ ア オ ヤ ミ ア オ ア ラ シ