雨が降る
雨が降る

庭を見れば艶やかに艶めく緑が見える
向かいの道路では小学生が泥を小さな足で蹴飛ばしながら
楽しそうに歩いていることだろう

空は青い
ただただ透明な水が空を覆い
光の影響で青く見えるだけである
誰だって知っていることだ

 

少年アリス
     〜サツキバレマチガイスワルマチ編〜

 

 

明日には晴れる、と
さっきラジオで聞いた
『明日は雨も上がり。屋外洗濯日和の五月晴れとなるでしょう』
出力機を通して男が面白くもなさそうに言っていた

それでもまだ周りでは雨が降る
少年アリスは家に閉じこもったきりである

「アリス」
外から声が聞こえた気がした
「アリス」
雨の音にまぎれて聞こえ難い
が、確かに聞こえたようである

ゆっくりとした動作で彼が縁側を歩くと
ひっきりなしに雨が落ちる庭に彼の友が居た
雨が透明の檻のように見える
彼にはまるで自分の友が水の檻に捕らえられているかのように見えた

 

「どうしたんだい?」
僕が声をかけると
「あそびにきたのだよ」
友はぼんやりと微笑みながらそう言った
「こんな雨の日にかい?」
「そう。
いや、こんなあめのひだからこそだね」
友の様子がいつもと違う気がする
これだから雨は嫌いなのだ
「君はどこかいつもの違うね」
「いつもとはいつのことだい?」
「君らしくないね」
「ぼくらしいとはどういうことなのだろう」
友の声は多分に笑いの粒子を含んでいる
いつもならこのような話し方をするような奴じゃない
「雨の日は人をおかしくするのだろうかね」
「どうだろう」
友は一向に雨の檻から出ようとはしない
「雨は嫌いだよ」
「ぼくはきらいではないよ」
目の前に立っている自分の友が違う人のような錯覚に陥る
「そんな筈はないんだ、ありえない」
「ありえないなんてありえない」

「そんなことばはそんざいしない」
友が一歩一歩近付いて来る
僕は友から感じる違和感が怖くなり少し後退した

「アリスぼくはね」
君は
「ぼくはね」
君は?

「ぼくはあめがすきなんだ」
言葉と同時に目の前まで来ていた友に手を掴まれる

「家に上がっても良いかな?」
掴まれた手から視線を外し
見た友の顔は
いつもの友の悪戯っぽい笑みだった
「構わないよ」
僕がそういうと僕の手を掴んだまま縁側に足をかけて友は雨の檻からの脱出に成功した
「風呂にでも入るかい?
そのままだと風邪を引くだろうから」
僕が聞くと
友はYesと答えた

 

風呂場の方から雨とは違う水音が聞こえてくる
「アリス」
僕を呼ぶ声がする
「アリス」
僕はさっきよりももたもたした動作で立ち上がり
声のする風呂場の方へ足を向けた

「アリス」
「何?」
「アリス」
「来たよ」
「アリス」
僕は仕方なく風呂場の扉を開けてみた
が、僕の視界の中で見えるものは白い湯気だけで
友の姿も何も見えない
「何?」
友が僕を呼ぶ声も聞こえなくなっている
「どこ?なに?」
僕は意味もなく質問を繰り返す

いい加減面倒になって浴室から体を出そうと体を後ろに引いた
途端に湯気の奥から
僕よりも長くて
僕よりも色が在って
僕よりも性別に相応しい
腕がニョキリと出てきたのである

これには流石に驚いた
ここに居るのは自分と友だけだとわかっていても
今自分の体に巻きつかんとしている腕がいつも目にしている友の腕だとわかっていても
別の存在を感じずにはいられなかった

「アリス」
声がする
「アリス」
友の声がする
「アリス」
何かの向こうから
友の声が聞こえる

 

アリス
気が付けば僕は友に引っ張られたままに
浴槽の中に引きずり込まれていた
「アリス?」
「何」
状況を把握した僕は不機嫌そうに返事を返す
「怒ったかい?」
「今日は疑問文が多いね君は」
僕が憮然と返すと
友は苦笑いを浮かべながら
服だけではなく髪まで濡れた僕の首筋に顔を埋めて

ゴメン

とだけ言った

 

「いったい何がしたかったんだかさっぱり理解出来ない」
「ゴメン」
僕は憮然と友に髪の水滴を取らせながら
友は楽しそうに僕の髪の水滴を拭いながら
さっきからこんな会話が延々と繰り返されている
「眼帯まで濡れた…」
僕が使用用途がなくなって大分経つ片方の目を覆っている眼帯に手で触れると
友はその手を取り、手と眼帯も一緒に僕の片目から外した

「これ、使えなくなって久しいね」
「必要性がないと自分でも思うよ」
友は僕の手と眼帯を持ったままの手とは逆の手で
僕の見えない方の目の睫毛に触れながら言った
僕はそれがくすぐったく少し肩を竦める

 

「必要性なら在ると思うけど」
友は再び僕の髪の水滴を拭い始めながらそう言った
「ないよ」
僕が即答すると
気に食わなかったのか少し僕の髪を引っ張りながら
「ぼくにとってはじゅうにぶんに必要なものなのだよ」

「君のそのどちらの空とも違う青は」

と言って
僕の青い目に唇を落とした