花が散り
花は塵

青き葉が揺れる若葉の頃
人は散り行く花に寂しさを覚えつつも
これから来るであろう青き季節に
胸を躍らせずには居られない

そんな若葉の頃
再び我が友に連れられ
ファンタジィの旅路へと誘われた

 

少年アリス
     〜ワカバノコロ編〜

 

「今日は何処へ行くのだい?」
「これがまた素敵でファンタジィな場所を見つけたのだ!!」
友は何時にもまして嬉しそうにはしゃぎながら
ぐいぐいと手を引っ張り
有無を言わせずに僕を連れ出した

伸び始めた新緑の上をさくさく歩く
まだ伸び始めて日が浅いせいか足とられる事はない
故に歩き難いわけではなく
どちらかと言えば歩きやすい

「アリス!!今の時分にこういう所を闊歩するのは
なかなかに清々しいと思わないかい」
数歩前を軽快に歩いていた友はとても清々しい笑顔で振り向きながら
とても清々しい声で言った
「今から成長しようと背伸びし始めている草を踏みつけて楽しいのかい?」
彼の笑顔と声がやけに清々しくて眩しかった
逆光だった事が影響していることは間違いない
「それなら君はこの青い空の下青い地面を歩く事がとてつもなく憂鬱だというのかい?」
逆行の為正確な判断はつかなかったが
友は少し機嫌を損ねたように見える
「いやいや、僕もこんなに清々しい気分になったのは433分ぶりさ」
何事にもフォローは大事である
「そのフォローはすぐに意味が理解しにくいから止めたほうが懸命だ」
間髪いれずにそう答えた友に僕は誇らしげな笑顔を向けた

「で、此処が君の言っていたファンタジィな場所なのかい?」
『ファンタジィ』とは不確定な単語であるが、僕たちは結構気に入っている
「違うとも!!もっとファンタジィな場所だよ!きっと君も気に入るさ!!」
彼は不確定で根拠の無い事を胸を張って言える人間だ
僕のように常に考えあぐねている人間とは違い直感で行動することもしばしばある
彼のそんな行動力に憧れてみた時も一瞬だけあった

「では、何処?」
「それはあそこさ!」
友は前方を指差す
その指の先を目で辿ると
大きいのか小さいのかわからないような教会があった

二人で其処へ向かってさくさく歩く
さくさく
ざくざく

近付いてみるとやはり大きいのか小さいのかわからない教会だった
「此処?」
「そう」
「この建物は教会?」
「そう」
「人は?」
「見たことはない」
ということは、人がいないとは言い切れないということか
それと、人以外がいる可能性もあるということ

例えば犬とか

「猫とか」
「鼠とかね」
「あ、鳥は見たよ」
「ふぅん」

「中に入らない?」
友の一言で次の行動が決まる
「いいとも。僕は途中からそのつもりで来たのだから」

僕らよりは大分大きな扉に手をかけて手前に引く
古い建物特有の軋んだ音を立てて扉は開いた
手前からひとつが異様に長い椅子が並んでいる
そして、左右には光を取り込むための大きな窓がいくつも並んでいる
その中の数枚のガラスには外の木々の葉が映り
建物の内部を柔らかく緑に染めていた
そして奥には後ろに大きなステンドグラスの聖母子像を背負った大きな十字架がかかっている

「きれいだろ?」
「ファンタジィだ」
僕が答えると友は楽しげに、そして誇らしげに笑った

「誰かいるんですか?」
突然、死角だった右斜め前の方向から声が聞こえた
急な質問の声に僕たち二人は驚いたが
「君たちは誰だろう」
此方に話し掛けている声は咎めるような色を含んではいなかった
微かに足音が聞こえ
遠慮がちに人影が明確さを帯びてくる

外からの緑色の光の中にたたずんでいるのは神父の格好をした背の高い男だった
「こんにちは」
男の声が耳まで届く
きっと友の下にも届いているのだろう
何か答えねばなるまいか
「こんにちは」
僕が挨拶を返すと
「こんにちは」
友も男に挨拶を返した

緑の部屋の中を沈黙が支配している
目の前の男は緑色に染まって
正確な色が分からない
僕たちも同じなのだろうか

いたたまれなくなる
不法侵入である
否、教会なのだから勝手に入っても構わないのか
分からない
が、いたたまれない事は確かである

僕たちは背を向けて
足を精一杯動かして駆けた
男からは驚いた気配は感じたものの
動く気配は感じられなかった

それでもひたすら駆け抜ける
さっきまでくだらない会話をしながら歩いた
緑の木の下を
緑の草の上を
息が詰まっても駆け抜ける

まさかまさか
人が居るだなんて思わなかったから
突然の事に思考が停止した

逃げた理由を考え直す余裕

自然と足は止まり
僕たちは空を仰いだ

 

青い空

青い空

 

雨が降る

雨が降った

 

空にあるのは大きな水溜りで
重みに耐え切れなくなれば
落ちてくる

 

澄み渡る青

透き通った青

 

それは水

 

「まるでプールの底にいるみたいだ」

 

周りを見渡せば緑

上を見上げれば青

落ちてくるのは透明

さっきの部屋は緑

さっきの男も緑だった

きっと僕らも緑だっただろう

 

でも今僕らは多彩色

あの男は

あの男は今でも緑なのだろうか

 

「あれは誰だったのだろう」
「神父の格好をしていたよ」
疑問を持つのは僕の役目
答えのヒントを提示するのが友の役目
「緑の神父だ」
「大きな緑の神父だ」
突飛な事を言い出すのは友の役目
それを応用するのは僕の役目

 

僕たちは笑った

そして声を合わせてこう言った

 

 

『ファンタジィな神父だ!!』